-Background-
6歳から造形教室に通いはじめました。中学に上がると同時に「生徒」は卒業しましたが、その後もOBとして付き合い、今は同じ教室に息子が毎週通っています。
中高生の頃は、休日で家にいるときも暇を見つけては何かしら作っていました。
かなり凝っていたのが、一眼レフで撮った写真を自分で(主にセピア色に)現像してカレンダーにすることと、石膏細工です。あと、ボランティアで図書館の看板描きをしたこともありました。
音楽はというと、フォークバンドやロックバンドを組む一方で、聖歌隊にも所属。クラッシック音楽なら最初の一音で曲名が分かるほど精通してもいました(今はすっかり忘れましたが)。
さらに、洋裁が得意だった母の影響で自分の服や友だちの舞台衣装を作ることもありました。メカ好きの友人の影響で、一緒に車の整備をすることも。
今でも車はわりと好きで、あまり疲れを感じずに運転します。
また、幼い頃から身の回りに植物があったからか、ガーデニングも大好き。仕事の合間に、よく庭に出ます。クラッシックの曲名より、植物の名前のほうがよく知っているかも…。
文筆のほうは、小学校6年ときに担任の先生がクラス全員と始めた「交換日記」に小説を書いたのが最初だと思います。読書感想文は苦手でしたが、発想や創作性を求められる宿題・レポート・論文は得意。
高2の夏休み、「自分の好きな地域について調べる」という世界史課題では、写真と絵を駆使した分厚いファイルを仕上げ、先生を仰天させたこともあります。 一言でいえば、クリエイティブなことをするのが好きなのです。
それもあってか、産業翻訳者になってからも単に訳すだけというよりはクリエイティビティを求められる仕事のほうが合っていました。特に、「特許明細書をゼロから書き起こす」とか「日本出願をベースにして英語で書く外国出願」とかいったことには、クライアントの評判がとてもよかったです。
社会人学生をしていたときも、小論文やレポートで(他の人たちと比べて)群を抜いて良くできている、というような評価をいくつか頂きました。
そしてもうひとつ。子どもが大好きです。
もう10年以上、娘か息子のどちらかの学校で役員をしてきましたが、学校に行くと子どもたち全員が自分の子どものようにかわいい…。ほんとうに幸せを実感する毎日です。 |