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Patent Translation World (特許翻訳の世界)
1997年春にMONJUNETの一コンテンツとしてオープンし、およそ半年後に独立したサイトとして切り離しました。4回の大きなリニューアル(+数え切れないほど多数の細かな調整)を経て、 2004年9月30日まで運営しています。翻訳者引退に伴って閉鎖しました。

  

特許翻訳業界は、人手不足は深刻なのにプロを目指すにはあまりにも情報が少なすぎます。
もともと、そんな状況を少しでも改善できればと思って作りはじめました。翻訳者としての私の経験やノウハウだけでは不十分なのは承知の上で、少しでも何かの助けになりそうなことは提供しよう……。立ち上げの動機は、それだけです。

それがいつしか巨大サイトにふくれあがり、振り返ってみれば丸7年。インターネットでの情報発信という観点で見たときに、私にとっては最も学びが多く、経験を積むことのできたサイトではないかと思います。

  

MONJUNETを立ち上げるまでは、HTMLの知識もなければグラフィックツールを使ったこともありませんでした。
一から十まで試行錯誤の連続です。

サイト内での「迷子防止」のためにも、イラストと色を多めに使いたい…。
かたや、ダイアルアップユーザーが多いことを考慮すると、1ページのサイズはできるだけ軽くしたいのです。
専用線を引くことでユーザー側の表示負荷を軽くするように工夫したりもしましたが、ギリギリ最低限の性能でも回線費用は月額約24万円。
今とは比較にならないほど高かったです。

当時はパソコンの性能もそれほど高くありませんでしたから、ちょっと重いページだと表示に何十秒もかかるのが普通でした。
こちらとしては、みなさんに少しでも短い時間で効率よく情報を活用して欲しかったですから、相反する思いのバランスをとるのが当時最も苦労していたことです。

そんな中にありながら、各ページのメニューや説明では極力文字を減らしてサイズを小さくしました。
リンクも普通のHTMLファイルでは数が増えれば増えるほどページが重くなるため、プログラムを駆使した動的なサイト構成で表示側の負荷軽減をしています。「塵も積もれば山となる」って、よくつぶやいていましたよ。

  

初代のサイトでは、「大きな海の真ん中に、ひっそり浮かぶ小さな島。知る人ぞ知るこの島には、特許翻訳の世界があるそうな…。」と導入し、島に住むオウムのパロ君に案内役をしてもらっていました。北の妖精の村(調べ物)、南の妖精の村(学習)、東の妖精の村(交流)、西の妖精の村(仕事)に、ルビーの街。物語風の設定です。

アドベンチャーゲーム的な仕掛けもしてあり、サイト内で宝探しをしたり、不思議の国のアリスと遊んだりできる隠しリンクがあったのです。
こうした仕掛けも含めて、写真ではなく絵が中心だったあたり、グラフィックツールを使い慣れていないことがよく分かります。
途中から、写真にはJPEG、絵にはGIFを使うとサイズを小さくできることを知り、2代目からは著作権フリーの写真を活用しましたが、それでもまだまだ力不足。

ちなみに、デジカメを使いこなせるようになったのはずっとずっと後のこと。4代目PTの左上画像がうちの庭の一角なのですが、このあたりでやっと辛うじて・・・です。

 
初代PT

 
 
 
 
2代目PT


 
 

 

 
3代目PT

 
 
 
4代目PT