心の持ち方がもたらす影響(2)
できるだけ平穏な気持ちを保つにはどうすればよいかというと、たとえば段落などの欠落の可能性があるデータを使って作業をするときは、プログラムでの処理を流す前にデータの抜けをできるだけ拾います。
もちろん、文字単位まで拾う必要はなく、データの1行文字数と行数をだいたい紙原稿と同じに揃え、ページごとに照らしながら大雑把に追うだけです。そしてバッサリ抜けているところがあれば、それをタイピングして補います。
抜けのあるデータが発注元から提供されたもので、すでにワードカウントもなされていたとしても、不平不満は言わない方が賢明でしょう。こうした場面で不満を表に出していると、いつか必ず自分で自分の首を絞めるときが出てきます。
そうではなく、まずはデータを提供してもらったことに感謝した上で、「抜けていたので補いました」とさりげなく伝えます。伝え方は納品時の訳註で十分でしょう。
別に伝えなくても補って正しく訳してあればよいじゃないかと思うかもしれませんが、そうではありません。もしかしたら、発注元側でもそのデータを使って何かをすることがあるかもしれないのです。ですから、抜けていましたよというメッセージを添えて補ったデータを翻訳者が添付すれば、喜ばれることはあっても嫌な顔をされることはないはずです。
以前、私が受注した英訳で紙原稿だけしかなかったものがありました。このとき私は、作業開始前に全文を自分でタイピングしてデータを作成し、それから翻訳をスタートしています。この案件は原稿用紙換算で80枚程度でしたので、さほど長いというわけでもなかったのですが、どんなに長くても同じことをしたと思います。
このときは、発注元との質疑応答を繰り返しながら英文明細書を作成する仕事だったため、作業開始前の時点で原文に対する質問が出てくることが前提にありました。こちらからの質問に対して担当者から回答をもらい、原文を手直ししながら英文明細書に仕上げる…。この手直しの際に、修正漏れがないようにすることがデータ作成の一番の目的でした。
特に「○○という表現を××に変える」というような指示がでたときには、データがあるのとないのとでは後々の作業効率と精度に大きな違いが出ます。もちろん、私はパソコンとの作業分担を基本にしていますので、「ついでに」翻訳作業自体にも利用するという一石二鳥もありました。こうして作ったデータを、発注元で役立つこともあるかもしれないと思って納品時に添付したのです。
その結果、「日本語データは必要になったときにOCRで作成しようと思っていた、中間処理にとても役立つ」と、非常に喜ばれました。私は単純に、せっかく作ったし何かの役に立つこともあるかもしれないという軽い気持ちで添付したのですが、こちらが思っていた以上に有意だったようです。
取引をする相手が翻訳会社であろうと企業や特許事務所であろうと、突き詰めてしまえば人と人とのつながりで成り立っています。よい取引関係、よい仕事を続けていこうと思うのならば、相手の感情の問題を避けては通れません。
データでの原稿受注についても同じことがいえます。私自身、基本的にはデータのない案件は受注しないことにしていましたが、だからといってデータ添付を強制することは決してしませんでした。ときどき、データがない件は断るという翻訳者がいるようですが、これは少々違うのではないかと思います。
取引先には「データ受注を基本にしています」とは伝えてありましたし、紙原稿とデータ原稿で複数の打診が重なったときはデータを優先していましたが、紙原稿ではまったく受けないわけではないのです。
紙しかないと言われれば、受注できるスケジュールであれば受注して自分でOCRにかけます。こうして何百件も紙からOCR化してきました。くどいようですが、間違っても発注元にデータ作成を要求してはいけないと思います。
データで作業をしたいのは「翻訳者の勝手な都合」であって、発注元には何の関係もないことですから。
自分の都合を相手に押し付けずに、どうしても紙しかなければ自分でデータを用意するか、そうでなければパソコンとの役割分担をせずに訳すかすればよいのです。データを使ってレベルの高い仕事をしてもらえるのは嬉しいですが、このあたりをはき違えて自分の首を絞める結果にならないように、ぜひ注意してもらえればと思います。
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