手元にあった書類の山を全部片付け、代わりに山のような郵便物を作りあげて一息つくと、日本出願の事務から声がかかった。
「特許庁に出願書類を出しに行くけど、なっちゃん一緒に行く?」
「あ、行きたいです。でも…。」夏子は山岡のほうを見た。
「いってらっしゃい。日本出願の事務の人が手いっぱいのときなんかに、そのうち夏子ちゃんにおつかいを頼むこともあるかもしれないし。一度行っておくといいわよ。」
「じゃあ、連れてって下さい!」夏子は、ここに特許庁があるなんて知らなければ絶対に分からないと自分が思ったあの建物の中に入れると思うと、ちょっと嬉しかった。
「いってきま〜す」
日本出願の事務を担当している伊藤と渡瀬の2人が一緒だったのだが、彼らは両手一杯に書類を持っていた。
「その紙袋に入っているのが出願書類なんですか?」
「そう。でも出願する書類だけじゃなくて、帳簿とかも入っているけどね。」
「????」帳簿=経理という単純な図式ができあがっていた夏子には、何に使うものかよく分からなかった。でも、それもあと数分後にはみんな分かることなので、そのまま黙っていた。
通産省の別館入り口には、警備員のような人が数人立っていた。夏子は、本当にこんなところに入っていいのだろうかとドキドキしていたのだが、先輩2人はまるで当たり前のように門を通りぬけた。
「なっちゃん、大丈夫だからおいで。」
呼ばれて夏子はおそるおそる門をくぐり、警備員の前を通り過ぎた。心臓が止まりそうなほど(あぁ大袈裟!)ドキドキした。デパートの駐車場で警備員を見ても何とも思わないのに、官庁だとどうしてこんなに違うんだろう?そう考えたとき、夏子は刑事ドラマを思い出した。
ちょうどそのとき、一緒にいた渡瀬が夏子にきいた。
「ね、なっちゃん。もしかしてすっごく緊張してる?」
「あ〜わかります?とっても緊張してます。ドキドキしてる。刑事ドラマなんかでよく見るんですけど、犯人が捕まって記者がフラッシュたきながら集まっているシーンってありますよね。そういうシーンの後に、裁判所に連れていかれたりとかする、そういうのみたいだから。」
「そんなにこわかった?」
「だって警備員があんなにたくさん立っているところの前を通るのって、初めてだから…」
「なっちゃんって面白いのね。まぁ、それもすぐに慣れちゃうと思うけど。」
夏子は、絶対慣れないだろうなと思った。何度通っても、きっと何だか悪いことをしているみたいでドキドキするに違いない。
「あ〜あ、特許庁にくるのも楽じゃないわ」と、夏子は心の中でそうつぶやいた。
でも、本当の「ドキドキシーン」はまだこれからだったのである。
次回に続く