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? 文化系出身でも特許翻訳者になれる? (1998/10)
| 大学や専門分野を「文系科目を専門とする大学」「理系の教科」といった分け方をするのは、それはそれで間違っているとは思いません。でも、人間そのものを「文系」「理系」といったカテゴリに分けてしまうのは、ナンセンスではないでしょうか。 確かに、理系科目を専門とする大学を卒業していれば、ある程度の基礎知識はつきます。でも、そういう人たちだって生まれた時から理系科目の基礎知識があったのではなく、大学で勉強したわけですよね。言ってみれば、理系の大学を卒業しているかそうでないかの違いといえば、スタート時点くらいです。確かに、明細書などの技術文書に出会ったとき、理系出身の人は大学で勉強した基礎知識がある分だけ調べ物にかかる時間は少なくてすむことも多いでしょう。でも、文系出身の人に同じ文章が理解できないかというと、そんなことはありません。スタート地点が違うだけです。大学という「道(プロセス)」を通るか通らないかの違いはありますが、知識を得るまでの過程に「こうでなければならない」という道が1本しかないなんて、そんな馬鹿なといったところです。 そう、分からないことにぶつかった時に徹底的に調べる努力を惜しまず、最後までやり通すだけの根性さえあれば、理系出身の人と同じレベルで翻訳をすることも不可能ではないのです。翻訳者は、研究所で専門的な研究にたずさわったり発明者の話しを聞いて明細書を書いたりといったことをするわけではないのですから。 イカロス出版の通訳翻訳ジャーナル98年8月号で、石原文子さんの取材記事にこんなことが書かれています。「翻訳を依頼されるそれぞれの文書の書き手は、さらに細分化されたジャンルの専門家であり、専門知識についても薬学部出身というだけで通用しないのは言うまでもなかった」「最初の頃は、1つ1つの仕事が初めて接するものばかりで、関連の図書を読んでから翻訳にかかったものでした。」 彼女は明治薬科大学の薬学部修士を出ています。翻訳者としても一流で、今の私があるのも彼女と出会ったのがきっかけと言っても過言がないくらい、私にとっても尊敬する人の1人です。その彼女ですら、「1つ1つの仕事が初めて接するものばかり」だというのですから、文系の人間・理系の人間といった考え方自体が、いかにナンセンスなことかがお分かり頂けると思います。理系の大学を出ていても、自分の専門中の専門から少し外れてしまえば、他の分野を歩いて来た人と土俵はさほど変わらなくなる、というわけですね。 特許明細書は、論文などに比べると細かいことまで書かれています。論文はある程度知識のある人たちが読むことを前提としていますが、明細書は「争いになったとき、文系出身の裁判官(普通は、裁判官は法律系の大学を出ています)でも理解できるように書く」ことが基本だとされています。つまり、丁寧に追っていけば裁判官にも分かるんだぞというわけですね。さらに、公報は国際特許分類をキーに過去に公開されているものを資料として検索・辞書代わりに利用することが簡単にできます。そういうことまで考えても、文系だから特許翻訳は無理なんていうのは、ナンセンス以前の問題ではないでしょうか。 ちなみに、通訳翻訳ジャーナル98年3月号の特許翻訳特集には、文系の大学を出て特許翻訳者になった方の「今に至るまで」がいくつか書かれています。かくいう私はというと、理系科目を最後に勉強したのは16歳の時、それ以後は典型的な文系浸りでした。大学はというと、英語科のみの短大です。技術とは縁遠い道を歩いてきたんです、よ。 |
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